創業35年・パン屋NOLAN八田さんが、
麦芽粕のバンズを焼く理由
Boulangerie Patisserie NOLAN 代表 八田 浩行
この街は、小さな『お互い様』の循環でできている。
藤沢駅北口、南仲通り商店街。まだシャッターが降りている早朝の静寂な通りに、パンが焼ける香ばしい匂いが漂い始める。
「Boulangerie Patisserie NOLAN(ベーカリー ノーラン)」。創業から35年。朝7時の開店と同時に、出勤前の常連客たちが「いつもの味」を求めてやってくる。
店主の八田さんは、子供の頃からこの街で育ち、毎朝パンを焼きながら、変わりゆく街の景色を見つめ続けてきた。
今回、藤沢ビールハウスで提供されているハンバーガーのバンズを焼いているのは、八田さんだ。NOLANの店頭には並ばない、ビールハウスのためだけの特注バンズ。
地元のベテラン職人は、なぜ異業種から参入したばかりのビールチームに、その熟練の手を貸したのか。そこには、ご近所だからこそ見える、飾らない「信用の理由」があった。
「もったいないから、使えばいい」
というシンプルな答え
藤沢ビールハウスで、ビールによく合うと評判のハンバーガー。ジューシーな肉の旨みをしっかりと受け止める香ばしいこのバンズには、ビール作りで出る「麦芽粕(ばくがかす)」が練り込まれている。
「ある日、木下代表から相談されたんだよ。『麦芽の粕を使って、パンを焼いてもらえませんか?』って」
麦芽粕は栄養価が高いものの、通常はそのまま廃棄されてしまうことが多い。これを活用して、オリジナルのバンズを作れないかという相談だった。自分の店には並ばない、他店のための特注品。しかし、八田さんの答えはシンプルだった。
「せっかくこの街で作ったものなのに、捨てるのはもったいないじゃない。使えるなら使えばいい。それに、パンとビールはどっちも『麦と酵母』でできている。相性が悪いわけがないからね」
そう淡々と語る八田さん。だが、その引き受けた理由の奥には、単なる「もったいない精神」だけではない、相手への確かな信頼があった。
毎朝の景色が、
すべてを物語っていた
八田さんの店「NOLAN」と、藤沢ビール木下代表が経営する「バイオクロマト」の本社は、同じ南仲通り沿いにある。八田さんは、毎朝パンを焼きながら、窓の外の景色を見ていた。
「あそこの社員さんたちは、毎朝ここの前の通りを掃除しているんだよ」
誰かにアピールするわけでもなく、ただ淡々と、自分たちの会社の周りをきれいにする。木下代表自身も、当たり前のようにそこに混ざっている。それは何年も続く、彼らの日常の風景だ。
「口で『地域貢献』とか『まちづくり』と言うのは簡単。でも、本当にちゃんとした会社かどうかは、そういう普段の行いに出るもんだよ」
だから、彼らから「麦芽粕を活かしたい」と相談された時も、八田さんが協力することに迷いはなかった。誰も見ていないような時でも、当たり前のことを毎日コツコツと積み重ねている。そんな彼らの姿をずっと見てきたからこそ、同じ街で商売をする仲間として、自然と応援したくなったのだ。
毎朝の掃除の風景。それが、八田さんにとっては言葉以上に確かな「信頼」の理由だった。
街灯を消さないために、新しい店が必要だ
八田さんは現在、商店街振興組合の副理事長として、街の裏方も支えている。かつては多くの個人商店で賑わったこの通りも、時代とともに店が減り、集合住宅が増えた。
「店が減ると、一番困るのは『街が暗くなる』ことなんだ」
防犯灯の電気代や防犯カメラの維持費。これまでは商店みんなで出し合ってきたが、店が減れば一軒あたりの負担は重くなるし、その分だけ、街の灯りそのものも消えてしまう。だからこそ、八田さんは「新しい店」がこの場所に根付くことを、冷静に、しかし切実に歓迎している。
「若い人たちが新しい商売を始めて、街に明かりを灯してくれる。それだけでありがたいことなんだよ。だから、僕らみたいな古株ができることがあれば、協力するのは当たり前のこと」
NOLANが守ってきた「朝の明かり」を、藤沢ビールが「昼から夜の賑わい」へと繋いでいく。そこにあるのは情緒的なつながりというより、同じ街で商売をする仲間としての、実直な連帯だ。
「お互い様」で回る、まちの生態系
「商売っていうのは、持ちつ持たれつ。『お互い様』だから」
ビールを作る過程で出た麦芽が、職人の手でバンズになり、ハンバーガーとしてお客さんの口へ。そして、藤沢ビールハウスでそのバンズを味わったことが、翌朝NOLANへ足を運ぶきっかけになるかもしれない。
大きな理念を声高に掲げなくても、半径数百メートルの中で、誰かが誰かの役に立っている。そんな小さな「お互い様」の循環が、藤沢という街を静かに、けれど力強く動かしている。
「彼らが頑張って、街が賑やかになれば、それが一番。僕らは変わらず、毎日パンを焼くだけだよ」
特別なことなど何もないというように、今日もまた、いつものパン作りが続いていく。
八田浩行(はったひろゆき)さん
Boulangerie Patisserie NOLAN 代表
藤沢市内に3店舗を構える『NOLAN』オーナー。創業以来30年以上にわたって地元・藤沢の食卓にできたてのパンを届け続けている。
http://www.nolan-pan.com/
取材協力: Boulangerie Patisserie NOLAN
Line up
金波
Köln Style Ale
アルコール度数:5.5% / IBU:13
藤沢の海を思わせる淡い金色。 ケルシュ酵母とアウルムホップが調和し、軽やかな口当たりと程よい苦味で飲みやすい1本。
さざ波
Pale Ale
アルコール度数:5.0% / IBU:25
麦芽のやさしい甘みに、柑橘系ホップの爽やかな香り。 さざ波のような余韻が広がる、香りと味の調和を楽しめる一杯。
紅潮
Red Ale
アルコール度数:4.9% / IBU:34
ロースト麦芽の深いコクと香ばしさが広がる赤いビール。 ゆっくり楽しみたい、余韻のある落ち着いた味わい。